理想と最悪
朝、僕は起きて朝食について考えた。
11時半。
吉野家とすき家の朝食は終わってる。
コメダのモーニングも間に合わない。
家には大したものがない。
アイス、卵、冷凍のご飯。
僕はモンエナを出して飲み始めた。
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
理想の朝食について調べた。
主食、主菜、副菜、汁物。
なるほど。
モンエナだけの朝ごはんは最悪だ。
けど食べないよりはいい。
起きないよりはマシだ。
…。
理想の生活について考えた。
働かずに遊ぶ。
もしくは、朝起きて仕事する。
帰ってきてご飯を食べる。
人と遊ぶ。
じゃあ理想の仕事ってなんだろう。
週5で働くことか?
週3?
逆に最悪の生活もある。
カイジみたいな炭鉱労働とか。
あるいは、死。
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
ふと、自分は理想と現実の間にいるのではなく、
理想と最悪の間にいるのだと思った。
そしてそいつらはゼロイチじゃない。

一番上に理想がある。
現実は上がったり下がったりして、
一番下に最悪がある。
理想と現実のギャップだけを考えるのは苦しい。
現実は中間にある。
何とかして少しずつ、
現実を理想の方に寄せていく。
そういう感じで生きたい。
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
僕はたまっていた洗濯物を回して、
昨日サボった風呂に入った。
ご飯についてはこれから考える。
理想ではないにせよ、
最悪でもない昼食を求めて。
通りもん密輸業者の福岡旅行

とにかく二郎が旨かった。
朝倉街道二郎、僕は全国にあるラーメン二郎のうちほぼ全店回ってるんだけど、その記憶のどれと照らし合わせても遜色無かった。
もう切っている段階でチャーシューがプリッとして味の染みてる感じがまろび出てて価値を確信してた。
とにかく…麺ね!!
デロ麺は結構諸刃の剣というか、味が染みてないと結構事故になる側面があって…(まあこれは麺の太さ関わらずではあるけど)朝倉街道はここが完璧だったね。
味の染みている太麺、本当に無限に食える。
これが福岡でしか食えないというのはめちゃくちゃ残念だ…。
逆に内田家は本当にガッカリだった。
喝。

豚はフワフワして食感がない。
麺も柔らかくて伸びてるような麺。
スープは美味しかったけど、本家のような醤油の効いた感じもなし。
喝喝、大喝。
クチコミがあまり良くないのを見て、
福岡では受け入れられてないのかなー、
と思ってたけど、普通に喝です。
直系の名が廃る。


あと、初めてぶいちゃのフレンドの人に会ってきた。
おすすめのお店、旨かった。
海鮮、よい。日本酒もうまい。
人と酒を飲むのっていいよね。
昔々バーイベントで知り合った人とリアルで飲むっていうのもエモかった。
総括!
とにかく二郎がうまい。
福岡の人は皆食うこと。
以上!
会社、宇宙に放り投げられることについて
僕が誕生日に仕事をやめてから2か月になる。
いい日だった。パチンコでいう大当たりみたいなものだ。
もちろん僕のためだけに集まってくれたわけではない。
僕のフレンドがいて、その人たち同士で盛り上がっていて、
たまたまそれが僕の誕生日インスタンスだっただけだ。
でもそれは素敵な気分だった。
「グレート・ギャツビー」に出てくるパーティみたいだった。
そこでは歌や踊り、酒、酒に次ぐ酒の乱痴気パーティが毎晩開かれている。
もしくは「杜子春」でもいい。
僕がその祭りのホストだったのだ。
昨日はありがとうございました!!!!!
— しくろん (@shikuron_vt) 2026年3月6日
誕生日インスタンスにいっぱい人が来る、っていう夢が叶ってめっちゃ嬉しい🥳🥳
最高の一日だった!!!!! pic.twitter.com/ddlj8vU0g1
VRChatを始めて少しして、誕生日インスタンスというものを知った。
そこにたくさん人が来てくれるのが目標になった。
とても満足だった。
日付が変わってもその集まりが続いて、
満ち足りた気分で僕は寝た。
その日は僕が上司にガン詰めされて、仕事をやめようと決意した日だった。
次の日から有給をすべて消化し、今まで働いていない。
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
社会人とは、社会に魂を売った人のことだ。
もちろん全部ではない。
彼らにも週に二日は休みがあるし、
その休日にBBQをしたり海にいったり、
あるいはゲームをしたりしている。
そして会社では会社の命令に従っている。
人は一日に35000回も判断をしているという。
会社員が毎日積み上げる判断のうち、大半は個人ではなく、
会社のルールに従って行われているだろう。
僕は会社の命令が嫌いだった。
僕が最後の日まで作っていたのはとんでもなくダサいサービスで、
全体的に使いづらくて、誰も使ってない機能がたくさんあって、
アクセス数も全然ない。
でも上司はその状況を都合のいいようにねじまげて、
目標は無事に達成されており、製品の行く末は明るいと報告していた。
僕はそういうのが大嫌いだった。反吐が出る。
上司は僕によく「ちゃんと考えて仕事をしろ」と言った。
僕はよく自分の作っているものが正しいのか、
している仕事に意味があるのか考えていた。
でもそういうことではなかった。
会社の命令は前提なのだ。
それをどう実現するか、自分で考えろということだったのだ。
大学を出てから結構経った。
たくさんの会社に入った。
やっとそのことに思い当たった。
僕はうまく魂を会社に渡せていなかったのだ。
学校でもそうだし、会社でもそうだ。
その命令が、その価値観が、その判断が、正しいのかばかり気になった。
実際にその命令をどう実行するかまでたどり着けなかった。
だから「やれ」と言われたら何も考えず、
とにかく仕事が完了しているみたいにして、
提出する癖があった。
上司からのレビューは二種類に要約できた。
「そんなこと自分で考えろ」と「わからなかったらすぐ相談しろ」だ。
どこに出しても恥ずかしくないダブルスタンダードだ。
そして、それこそが会社なのだ。
自分で考えろと言われたら自分で考えるべきだったし、
すぐ相談しろと言われたらすぐ相談するべきだったのだ。
僕は会社に魂を売れず、自分で判断していた。
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自分の頭で考えることこそが正しいと主張したいわけではない。
むしろ、きちんと会社に従って思考し、仕事のできる人はかっこいい。
それは脳の使い分けみたいなものだ。
会社にいるときは会社人間のスイッチを入れる。
会社の規範に従い、上司の命令を正確に実行する。
自分の判断は要らない。
家に帰ってきたら自分のスイッチを入れる。
ゲームで遊んだり、友達と話したり、お酒を飲んでYoutubeで時間を無駄にしたり。
僕はそういうのがヘタクソなのだ。
朝起きたらまず会社人間のスイッチを入れないといけない。
眠い目をこすり、顔を洗い、着替えて家から出る。
その時きちんと頭の中まで会社にしないといけないのだ。
僕はうまく切り替えられないまま、会社に着いて、
仕事のメールを確認して、何を言ってるんだろうなこの人たちは、
と紙を見て顔をしかめているプーさんみたいな表情をしていた。
まあとにかく、こういう切り替えの上手い人が社会適合者だと思っている。
社会に適合するのは素晴らしい。
一切冷笑する意図はない。
デカい船みたいなものだ。
よく勉強し、よい大学を出て、会社で働き、よい伴侶を見つけ、家庭を築く。
素晴らしいことだと思う。
できれば僕もそういう人生を歩みたかった。
どこかでうまいこと軌道修正し、
そのデカい船に乗り込めるんじゃないかとすら思っていた。
しかし船は随分先の方まで進んでいるし、僕は陸に置いて行かれている。
というか、港すらずいぶん離れた山奥にいるらしい。
山の上からは、たくさん人を乗せた船が遠くに見える。
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ここまで社会人と、社会人になれなかった僕のことを書いてきた。
ただ、これって人間ってこれだけではないなと思った。
社会に魂を売らなくても上手くいく人はいる。
例えば一部のクリエイターの人たちだ。
顧客がいて、その人に商品を納品しており、
社会人寄りの人もいるかもしれない。
しかし彼らは、自らの芸術性と向き合い、何らかを作り上げている。
会社員よりは自分でものを考え、自分で判断しているはずだ。
多分。
そして、社会に魂を売りつつも上手くいっていない人がいる。
社畜だ。
彼らは魂を会社に捧げ、しこたま働くが、
仕事から帰ったら飯食ってスマホを見て寝ることしかできないし、
土日は疲れを取るので終わる。
給料も安いので趣味に没頭することもできない。
彼らは彼らですごい。
僕は仕事が続けられないから。
気が付いたら、惨めな自我を手に、
決死の抵抗を始めてしまう。
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右上について長々と語り、
また左上と右下についても触れた。
そして最後、図でいう左下が僕と君たちの場所だ。
我々は社会に馴染めず、かといって自ら何かを作り上げることもできない。
それは個人的に生きるということが難しいからだ。
順調に育てば、人は社会に流されるようにして生きるようになる。
何となく、これは違うのではないかと思いながら卒業して就職する。
そのまま少しずつ自我をなくしていけば社会人になれる。
あるいは切り替えが上手ければ。
だが魂を持ったまま、川に逆らって、
自分の行きたい方に行くのはすごく難しい。
人間は生まれてから色々な人の影響を生きて育つ。
子供の時は学校に、親に、友達に。そして、メディアに。
どこまでが社会に植え付けられた常識で、
どこからが自分の考えたものなのかなんて見極められない。
そういうガラクタだらけの物置みたいなところから、
自分用のものを見つけてこれる人だけが、
どこにも魂を売らず、自分の考えをもって生きていけるのだろう。
そんなことに挑戦するなら就職した方が賢明だ。
上手くやれないにしても、とりあえず生活はできるし。
けど結局僕はまた無職に帰ってきてしまった。
宇宙を漂っている気分だ。
まだ酸素は残っているが、いつまで持つかもわからない。
窒息する前に、どこかにたどりつけるといいのだけど。
元カレ元カノ喫茶の真実
「元カレ元カノ喫茶~TRIANGULAR~」とは…、
元恋人とのロールプレイを楽しむVRChatのイベントだ。
2ローテに分かれており、
前半は喫茶店で元カノとデートし、
後半に店員が自分に一目ぼれ、
それぞれ告白してくるという内容だ。
「TRIANGULAR」というタイトルの通り、三角関係になる。
(前回はこちら)
i4atozx6fnxtgcy.hatenadiary.jp
多くの人はこの紹介を読んで、
「ふ~ん、元恋人と会えるんだ。なんか甘酸っぱそう」
くらいにしか思わないだろう。
2ローテ目のことなんて気にも留めない。
少なくとも僕はそうだった。
1ローテ目に出会う元カノの設定を読み、
色々妄想した。
別れた理由、付き合っていた頃の記憶。
偶然を装い喫茶店に入る。
たまたま会った元カノに対して、驚くようなフリをする。
そっちで頭がいっぱいだった。

…。
終わってからも夢見心地だった。
現実とイベントの区切りがあいまいで、
目は覚めているのに、
まだ彼女がいる気がした。
少しずつ現実に帰ってくる。
元カノと仲直りなんてしていない。
そもそもそんな元カノいない。
苦しかった。
元カノが再会したらめっちゃ可愛くなってて、これから楽しくなるだろうなって所で目が覚めるの最悪過ぎる
— しくろん (@shikuron_vt) 2026年3月2日
存在しない記憶と、
刻まれた感情のギャップで、ずっと胃が痛かった。
気が重かった。
そして、急に2ローテ目の意味に気づいた。
その瞬間、次回も応募しようかな~、
なんて甘えた気持ちの自分とは何光年も離れた距離にいた。
2ローテ目にどんな意味があるのか。
僕はここには書かない。
多くの人が見過ごしてると思う。
昨日参加した人たちも、多分気が付いていない。
もしかしたらキャストの方も。
本気で1ローテ目に向き合った人間しか気付けない答え。
2ローテ目、相手してくれたのは主催の方だった。
僕はまだその意味を知らず、まんざらでもない時間を楽しみ、
しかし設定も分からない初対面の女性と対面し、
しっかり挙動不審になっていた。
今思えば、彼女が黒幕だったのだ。
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このイベントをおすすめできるか…?
分からない。
どっぷり浸からなければ、
それはそれで楽しめる気がする。
でもせっかくなら、これを読んでいる人には、
入念にストレッチして、準備体操して、
本気で元カレ元カノと向き合って、
自分ぐらい強烈に喰らってほしいなと思う。
+++——————————————————————————————-+++
また、夏にデートした彼女に会いたいと思っていた。
けど今は、もう応募するだけの勇気を持っていない。
僕から言えるのはそれだけだ。
恋人RPイベント、再び。
僕は頭を抱えていた。
元カレ元カノ喫茶の抽選に、当たってしまった。
前とは違う子で。
(前回の感想)
i4atozx6fnxtgcy.hatenadiary.jp
「元カレ元カノ喫茶~TRIANGULAR~」は、
元恋人とのロールプレイを楽しむVRChatのイベントだ。
2ローテに分かれており、
前半は喫茶店で元カノとデートし、
後半に店員が自分に一目ぼれ、
それぞれ告白してくるという内容だ。
「TRIANGULAR」というタイトルの通り、三角関係?になる。
【イベント紹介】
— 元カレ元カノ喫茶~TRIANGULAR~ (@triangular_vrc) 2024年11月20日
元カレ元カノ喫茶~TRIANGULAR~のイベント内容およびコンセプトのご紹介です。
気になった方はぜひイベントへご来店くださいませ、キャスト一同あなた様のご来店をお待ちしております。 pic.twitter.com/q5LjoysyVk
僕はRPが下手だ。
その場で切り替える自信がない。
だから前もって役になりきる。
たとえば、自己暗示。
「俺はこの子と付き合っていた…俺はこの子と付き合っていた…」
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前回は特殊で、過去にタイムスリップしてデートするイベントだった。
つまり、別れる前の元カノ。
ひたすら彼女と付き合っている世界に入り込んだ。
設定を読み込んだ。
別れたのは4年前で、今彼女は25歳。
ということは、当時21歳。
大学に通っていたんだろうか?
僕はその時何歳?
いや、自分の年齢も設定すればいいのか、と考えていた。
駅で合流する想像をしていた。
「ごめん遅れた~!」って声のかけ方も用意した。
シチュエーションは合っていた。
しかし実際は、
白い麦わら帽を被った彼女、
その横顔を視界に捉えた時、
あまりの美しさに僕は掛ける言葉を失い、
立ち尽くすことしかできなかった。
…。
デートが終わってホームボタンを押す。
彼女に手を振り、ロード画面が映る。
ゴーグルを外し、自分の部屋に戻る。
絶望。
ずっと準備をしていた。
男アバターが無かったから、狛乃くんを買った。
彼女との思い出をたくさん妄想した。
何も残っていなかった。
次の日は仕事。
ものすごい落差だった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
そして明日が来る。
心の準備をしたい。
前回ほどではないにしても。
ただ、別の人に会うのは確定ではないらしい。
夏の彼女と会う可能性も0ではない。
すがり付いている訳ではない。
持っていくアバターをどうするか。
現実的な問題に関わっているのだ。
だから僕はあの時のことを思い出しながら、
また狛乃くんの改変をする羽目になっている。
そしてそれに立ち向かえず、
僕はこの文章を書いている。
超かぐや姫!に足りなかったもの
超かぐや姫!がとても良かった。
キャラは可愛かったし、面白かった。エモい。
友情・努力・勝利をサクッと味わえる。
ただ、よくよく考えるとモヤる部分が多い。
①「友情」か?
二人の友情がすごく熱かった…ような気がした。けど本当にそうか?
電柱からかぐやを拾ってお迎えが来るまで、長くても数週間だと思う。
いろはが学校に通いつつバイトをしていた時期もある。
二人が遊んでいた時間ってそんなに長くないし、
駆け足で描かれた配信活動と戦闘で、がっつり友情が深まってると思えなかった。
そして、友情が深くなかったとしたら、納得できることがある。
かぐやが帰ることに関して、病む演出が少なかったのだ。
僕はもっと二人にゴリゴリに泣きまくって暴れてほしかった。
月の軍隊と戦うのも盛り上がるシーンではあるけど、どこか他人事で。
ゲーム内での戦闘だからか現実味もなく、必死さや真剣さが感じられなかった。
②「努力」か?
かぐやの頑張りによって八千代とのコラボが実現した。
と解釈してるけど、具体的に努力している印象がない。
いろはもかぐやもかなり天才なのだ。
可愛いだけじゃなく、曲を作ったり編集したり。
いろはの方はこれまでの積み重ねがあるけど、
作中では努力というより、センスとスペックで殴っただけ。
そういう意味で作品を通して感情移入できる余地がほとんどない。
それが残念なのかもしれない。
ただ可愛い女の子の映像を眺めているだけで、僕はただの客。
作中に出てくるモブプレイヤー。
だから終わったとき寂しさを感じた。
③「勝利」か?
いろははかぐやと別れた後、ものすごい勉強・努力・研究をした。
そしてかぐやの体を取り戻したようだ。
けど、かぐやの体を用意して、そこに八千代の魂を入れたとして、
それはかぐやなのか?
八千代ではあるかもしれない。
8000年一緒にいられなかったという事実はあまりにもデカい。
データの共有みたいな感じで今までの記憶を移植したとして、
いろははまだ20代。
八千代はいろはのいない時代を8000年も過ごしてきたのだ。
簡単に飛び越えられる壁ではない。
それと比べると、別れる前に過ごした時間はあまりにも短い。
二人が体を持って再会したとして、そこに感動はあるんだろうか。
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
色々書いてきたけど、それでも超かぐや姫!は楽しかった。
VRChatが映画化したみたいな面白さがあった。
かぐやが配信を始めてどんどん視聴者が増えていくのも楽しいし。
花火を見に行くシーンもエモさの塊だと思う。
だからこそ少し寂しくて、
もっと欲しいと思ってしまった。
自分たちと通じる、何かが。
人生に潜むパチンコについて
ある夜僕はApexをしていて、ふと思った。
こいつはパチンコじゃないか?
-20ポイント、-20ポイント、-20ポイント。
たまに+220ポイント。
ずっと負けが続いて、その後に大きな勝ちがあって、帳消しにする。
どう考えてもパチンコだ。
快感に味を占めて、不快を我慢し続ける。
もちろんApexはパチンコではないので、
ポイントは増える。
失ったポイントも帰ってくる。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
声フェチマッチングもパチンコだと思った。
話しかける。
会話が弾まない。
話しかける。
話が通じない。
たまに可愛いお姉さんと仲良くなれる。
何十回敗北しても勝つことはある。
こいつもパチンコだ。
もう二度と会わないかもしれない。
けど勝ちにカウントしてる。
嬉しいから。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
そしてもちろん、人生自体もパチンコだ。
色んなことに挑戦する。
失敗ばかりで気が滅入る。
仕事はつまらないし、電車は不愉快だし、
平日というハズレを引き続けて、
たまに休日という当たりが来る。
そして平日に戻る。
…。
では、人生で賭けているのは何だろう。
時間だ。
時間を投資して、何かを得ている。
快感、喜び、安心、お金。
けど時間は帰って来ない。
平日に働いた時間はもう帰って来ない。
…。
ああそうか、と僕は思った。
パチンコはパチンコでも、これはゲーセンのパチンコなのだ。
賭けたお金は帰ってこない。
よく分からないメダルになるだけ。
だとしたら人生なんて最悪のクソゲーかもしれない。
けど逆に考えたら、所詮人生なんてゲーセンのパチンコなのだ。
ゲーセンのパチンコで負けてブチ切れるなんてちゃんちゃらおかしな話だ。
どうせ掛けた時間は帰ってこないのだ。
諦めて楽しむしかない。
今日もパチンコを打つ。